あとかのブログ

海外ドラマを中心に、日々のことや、不意に思い出した思い出等を書き綴ってます。昔、販売の仕事をしていたので、時々家電ことを書いてみたりします。

【バイオリンの音色】小学校時代にいじめられていたクラスメイトのこと【彼女の勇気について】

こんにちは、あとかです

先ほど、TVでたまたま、女性がバイオリンを弾いている映像を観ていて、フラッシュバックしてきた思い出があります。

 

小学校5〜6年生で、私と同じクラスだった、ある女子のことです。

彼女の名前は、仮にNさんとします。

Nさんは、いじめを受けていました。

私自身がいじめに直接加担していなかったとは言え、知っていました。

そのことを止めることもしなかったので、言い訳はできません。

私は、いじめをしていた側の人間です。

 

そんな彼女のことを良い思い出のように語る気はありません。

彼女にとっては、私の想像の、遥かに辛いことだったはずです。

贖罪とも思っていません。

今回は、ここにNさんの勇気のことを書いておきたいと思います。

 

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Nさんのこと

Nさんは、身長が高い女子でした。

その年代は男子に比べて女子の方が成長が早いとは言え、際立っていました。

顔も小さく、痩せていて、モデルさんのような体型です。

今思うと、彼女は恐らくアトピー性の皮膚炎だったのだと思います。

肌が乾燥しがちで、肘の内側や首のあたりに、ガサガサしてるところがありました。

その患部は少し血が滲んだりして、コンディションによっては、あまり綺麗には見えないこともあったと思います。

特に不潔ということはないのに、そういった肌を見たガサツな男子から、からかわれ始めました。

その内、彼女の名前を冠した「N菌」という呼ばれ方をされ始めました。

そうなってから、みるみるエスカレートしてきました。

 

Nさんや、Nさんの持ち物にも「触りたくない」、「接触したくない」、「N菌が感染る」という「いじめ」です。

 

Nさんは、

  • 挨拶を返してもらえなくなりました。
  • 話しかけられただけで、嫌がられました。
  • 掃除の際に彼女の机は下げてもらえなくなりました。
  • 給食でも、机を合わせてもらえなくなりました。
  • 彼女が触ったものは、「バイ菌がついた汚いもの」のように扱われました。
  • 給食の食器を重ねてもらえなくなりました。
  • 席替えのくじ引きで隣になった生徒に露骨に嫌がられました。

書きながら、本当にひどいことをしていたと痛感します。

私には思い出せない、Nさん本人には絶対に忘れられない行為がもっとあると思います。

担任の先生のこと

担任のH先生は、生徒思いの、かなり良い先生だったと思います。

ダウンタウンの浜田雅功を女性にした感じの、おばちゃん先生でした。

いつまでも独身で、全てを生徒に捧げているという感じでした。 

H先生は、私達に色々なことを経験させてくれました。

  • 毎月のように、「お楽しみ会」としてクラスで出し物会
  • 校外に出て、野外学習が他のクラスに比べて異常に多い
  • 学校の噴水の横の使われていなかった花壇スペースを水田にして、稲作
  • 自分たちの稲を刈り取って、調理実習で炊く
  • 埴輪、皿などの焼き物を作る
  • 買った稲で、草鞋を編む

今の私に、かなり大きな影響を与えてくれた先生です。

私は、大学に入って、ギリギリまで教師になろうと思っていました。

結局は、民間の会社に入ることになりましたが、それほどの影響でした。

 

後に、母親に聞くと、H先生は一部の親達からの評判は悪かったそうです。

中学受験を控えた高学年で、勉強以外のことに時間を費やし、お楽しみ会や課外活動で、放課後に学校に残ったりして、塾の時間を嫌がる生徒もいたからです。

そういうことは確かにあったと思いますが、私達にとっては、とても良い先生でした。

 

H先生は、生徒1人1冊ずつノート渡し、毎日自由に書いて提出するように言いました。

一応自由提出の「交換ノート」でしたが、1日に何十冊も出ていました。

そして、H先生は提出されたノートに、赤ペンで必ず長文の返信をくれました。

子供ながらに、これだけの返信を書くのに「どのくらい時間がかかっているのだろう?」と思いました。

 

そんなH先生ですから、Nさんのいじめについては、当然気づいているはずでした。

私自身のこと

当時、私は、クラス委員長を務めていました。

お楽しみ会や、稲作など、他のクラスにはないイベントが多く、結構苦労した記憶はありましたが、とてもやりがいはありました。

H先生に頼られる、というのは、子供ながらに嬉しかった記憶があります。

 

H先生との交換ノートには、その時好きだったアニメの主題歌の歌詞や、将来の夢、家で起こった面白いことなど、毎日何かを書いて提出していました。

今思うと、初めてのブログみたいなことを、この時経験していることになります。

 

ただ、そのノートには、どうしてもNさんのことを書けませんでした。

多分、先生に幻滅されるのが怖くて、書けなかったのです。

ノートを開いた際には、毎回、Nさんのことから目を背けて書いていました。

実際に、どう書いて良いかもわかりませんでした。

「私達はいじめをしています。どうにかしてください」とは書けませんでした。

卒業間近のこと

小学校6年生の12月のことだったと思います。

クラスのクリスマス会をすることになりました。

中学受験なども控えていて、恐らく最後のクラスでの「お楽しみ会」でした。

 

いつもはクラス全員ではなく、有志の何組かが、劇をしたり、手品をしたり、ゲーム大会をしたりしていました。

今回は最後ということもあり、ほぼ全員が何かの演目をエントリーしてきました。

私が参加者と演目を取りまとめて、プログラムを作成しました。

プログラムを書いた行数は、かなりの長さになったと記憶しています。

そのため、土曜日を朝から、授業をせずに、ぶっ通しで開催することになりました。

(当時は土曜日は休みではなく、お昼まで授業がありました)

 

H先生は、「最後だから、お父さんお母さんも、見に来てもらいましょう」と言いました。

実際に、小学校で子供達の姿を見られる最後の会ということもあり、結構な数の親が見に来ていました。

生徒の人数よりも、多かったように思います。

当日、私は司会進行もしましたので、かなり緊張したことを覚えています。

 

いつもの通り、学校の先生の物真似を交えた内輪受けの劇や、アイドルの歌を歌ったり、大して面白くもない漫才をしたり、演目は着々と進みました。

 

最後の全員参加の「ゲーム大会」まで終わって、H先生に「終わりの言葉」をもらう段取りになりました。

そこで、H先生は言いました。

「みなさん、お疲れ様でした。

本当に楽しい会でした。

ただ、全員が参加できませんでした。

これまでの会でも、1度も出演していない人がいますね。」

 

それは、Nさんのことだとすぐにわかりました。

きっと、クラスメイト全員がわかっていました。

バイオリンの音色

「皆さんもわかっていると思いますが、Nさんが、出演したことがありませんね。

でも、今回は出演したい、とNさんが言ってきてくれました。

ただ、演目提出の締め切りに間に合わなかったので、この時間で披露してもらいます。

あとかさん、良いですね。」

H先生に、不意に名前を呼ばれ、私はビクッとなりました。

私が司会進行役だったので聞いただけだったのですが、なぜか「H先生は怒っている」と感じました。

 

Nさんは静かに立ち上がり、親達が観覧で並んでいるところに歩いて行きました。

そこで、そこにいた一人の女性から何かを受け取りました。

それは、Nさんのお母さんに違いありません。

 

Nさんは、ゆっくりと私達の前に立ちました。

その手には、バイオリンがありました。

私達にペコリと一礼し、そして何も言わず、演奏を始めました。

 

バイオリン特有のとても物悲しい音色でしたが、決して寂しい曲ではありませんでした。

彼女がバイオリンを習っていることは、クラス全員知らなかったと思います。

それどころか、私達がNさんについて知っていることは、ほとんどなかったのです。

私達はずっと黙って聞いていました。

長く続く曲で、Nさんは(少なくとも私達がわかるような)ミスをせず、優雅に演奏していました。

いつもは、周りを気にしてオドオドしている感じでしたが、そんな雰囲気は全くありませんでした。

やがて、演奏が終わり、Nさんは、また一礼しました。

 

けれども、私達は何の反応もできませんでした。

やがて私達の後方に立っている親達の列から、拍手が聞こえ始めました。

続けて、私達も拍手をしました。

 

その時、Nさんは、ほんの少し笑いました。

Nさんの笑い顔を見たのはいつ以来だったのか、思い出せませんでした。

 

恐らく、Nさんのお母さんは泣いている様でした。

ただ、私はそちらの方を振り返ることはできませんでした。

最後に

Nさんは中学受験をしていて、私は彼女と卒業後、2度と会うことはありませんでした。

バイオリンの音色を聞いては、今でも彼女のことを思い出します。

あの時、Nさんは強い意志を持って、私達の前に立ったのだと思います。

あんなにひどいことをしていた私達に、あんなに素晴らしい演奏を聞かせてくれた理由はわかりません。

ただ、彼女の「勇気」は、少なくとも何かを目覚めさせてくれました。

  

そして、彼女のバイオリンの音色と私の罪の意識は、一生忘れないのだと思います。

 

最後までお読みいただいて、ありがとうございます。

 それでは、また次回。

 

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